はじめに

みなさん こんにちは(^^♪。

こちらは愛媛県宇和島市吉田町でみかんつくりに励む農家ホームページとなっています。

愛媛といえばやっぱりみかんですよね。

その、原点ともいえる産地が我が吉田町なんですよ。

そんな町の中の私たちの集落では約30軒余りの農家がみかん栽培に励んでいます。

温州みかんからポンカン、伊予柑、デコポン

それに加え紅マドンナ、甘平といった高級柑橘もチャレンジしている農家もいます。

柑橘栽培といっても決して楽で容易いものじゃない。

様々な苦労やら喜びの中で、皆様にお届けできるみかんが、でき上がるというわけです。

そんな農家の思いをこのサイトでぎゅっと詰めてお伝えすることができればと思っています。

どうかよろしくお願いいたします。

園主の紹介

園主 松本洋を簡単に紹介させていただきます

みかんHISTORY

吉田町のみかん栽培は古くからの歴史があります。今日に至るまでの、みかんつくりの歴史を少し知ってね。

みかん王国愛媛の中でも、八幡浜西宇和地域と並ぶ屈指のみかん産地であり、愛媛みかんの発祥地でもあります。

みかんの栽培は吉田町内で明治10年頃から始まり、同20年代には定着していったとされます。その後も次第にみかん畑が広がり、昭和初期には、さらに増産へと拍車がかかりました。太平洋戦争の前後には苦難の時代もあったが、昭和30年代には吉田のみかんは黄金時代を迎え、立間駅から出発する「みかん列車」が季節の便りとして、新聞紙上に登場するのが年中行事となっていたそうです。

しかし、1967年(昭和42年)には大旱魃によって農家は大きな打撃をうけ、1970年代は全国的な過剰生産に陥ってしまいます。生産技術の向上、品質改良に努めたものの、「食」が多様化し、安価な外国産フルーツが店頭に並ぶなか、価格の低迷に悩まさた時期もありました。

しかし近年では生産量は減少傾向にあるものの、高品質果実の生産技術の向上、新品種の開発研究によって再びかつての活気を取り戻してきています。

また、愛媛県の「みかん研究所」の新築が新たな時代を切り開く一つのきっかけとなり、多くの若者がみかん産業を引き継いでくれています。

東京の市場では「赤箱」のブランドで名前が知れ渡っていて、さらのブランド力をアップすることができるよう、今後も汗を流したいと思っています。

みかん農家のお仕事

みかん農家には一年を通して様々なお仕事があります。そんなお仕事を少し紹介しましょう。

吉田の風景

吉田町は古くからのみかん産地であるとともに豊かな自然に恵まれた温暖な土地です。そんな私たちの町を写真で紹介できればと思います。

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求人について

当農園では年間を通してアルバイターを募集しています。農業に興味のある方は是非、チャレンジしてみませんか!

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